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2006年11月

2006年11月29日 (水)

スイスの鉄道(1)ICN

 さてさて、今度はスイスの鉄道について紹介していきましょう。小出しに行きます(笑)。

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チューリッヒ空港駅にて。SBB(スイス国鉄)のICNだ。ICはインターシティの略で、主に大都市間を結ぶ特急列車のこと。ICはスイス以外にもヨーロッパ各地に存在するということは、みなさんご存知のとおり。Nはナイト(ドイツ語ではNacht)つまり夜行の意味らしい。
山形新幹線400系のように、乗車口が開くと同時にステップがせり出す仕組みだ。なお、写真ではわかりづらいが、ドアの窓には自転車のイラストが描かれている。ということは、デッキ部に自転車を置くスペースが確保されているということだ。

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車体に記されたこのロゴたちを見てワクワクしてしまうのは僕だけだろうか。まずpininfarina(ピニンファリーナ)のロゴを発見!ピニンファリーナにデザインさせるなんて、さすがスイスと思ってしまう。そして、BOMBARDIEA(ボンバルディア)、カナダの鉄道車両・航空機メーカーだぜ。ALSTOM(アルストム)は、後で調べてわかったことだが、フランスの重電メーカーでTGVなどを造っている会社らしい。イタリア、カナダ、フランスの企業による合作。国際色豊かだねえ。

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発車していくICN。

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2006年11月26日 (日)

静・寂

Img_0560s6 昨日、千葉県某所にあるJRの駅。まだ午後7時台だというのに、誰もいなくって、ただただ静かに時間が流れていく。

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2006年11月24日 (金)

イタリア語がスキ

Img_6790s622 以前買ったイタリアンポップスを集めたCD「Sanremo 2005」を最近になってまた聴いている。改めて聴いてみると、これがよいのだ。どうよいかって、メロディーの聴きやすさもあるのだが、なんといってもイタリア語の響きがよい。気持ちいい。
 美しさでいったらフランス語の方に軍配があがるだろう。でも耳から入ってきたり、口から発したりしたときの気持ちよさがイタリア語にはある。基本的に全ての音に母音が付くところが日本語に似ているからだろうか。巻き舌の「r」の発音があるからだろうか。
 今日は「Sanremo 2005」の中で特に好きなアーティストのCDをネットで注文した。一人はLaura Bono(ラウラ・ボーノ)、もう一人はVeronica Ventavoli(ヴェロニカ・ヴェンタヴォリ)。Laura Bonoについては、過去にも彼女のCDを探したことがあった。でも日本では売ってなくって、とりあえず彼女の曲が収録されている「Sanremo 2005」を買うことにしたのだった。その後、イタリア行った時に買ってこようなんてことも思ったりしたんだけれど、先だっての旅行の際にはCDショップに入る時間もなく帰国。入手を諦めていたところ、今日になってHMVのオンラインストアで売られているのを見つけたのだ。
 というわけで、今はCDが送られてくるのを心待ちにしている。そしてこれを機に、イタリア語の勉強も再開してみようかななんて思っている。サボってばかりで一向に上達などしてないんだよな~。

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2006年11月20日 (月)

スイスの峠(8)マローヤ峠

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自転車で越えるスイスの峠 (8)マローヤ峠
Passo del Maloja / Malojapass : 1815m

 
 
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*グラフについて*
 今回のマローヤ峠は登りのデータのみ。下りのデータが記録できなかったのは、ポラール心拍計の記憶容量がいっぱいになったため。
 
 
9月25日(月) 雨
シルヴァプラーナ~カスタセーニャ
Silvaplana - Castasegna

 自転車によるスイスの峠巡りの最終回はイタリアとの国境近く、マローヤ峠。上のグラフを見て、「これのどこが峠なんじゃい」と思われてもいたしかたない。実際、登り側(峠の東側)の道はほとんど平坦だったのだ。下りはちゃんとした下りだったのだが、データを記録することができなかった。まことに残念である。しかもこの日はあいにくの雨。晴天日が年間322日というサンモリッツで雨に降られるのは、運がいいのやら悪いのやら。その雨が影響して写真もあまり多くは撮れず。今回のレポート、最終回にして尻すぼみになってしまった。
 それはともかく、元気を出して最後の峠、マローヤ峠いってみよーっ!!
 
 
過去に2度オリンピックが開かれたこともあるスキーリゾート、サンモリッツから南西へ5kmほど行ったところにあるのが、シルヴァプラーナ。ユリア峠への分岐点である。ベルニナアルプスを望むすばらしいロケーション、のはずだったのだが、低く垂れ込めた雲により山なんてなんにも見えない。左手に広がるシルヴァプラーナ湖も、灰色の景色の中に溶け込んでしまっている。

シルヴァプラーナからマローヤまではゆる~やかな登り。というよりほとんど平坦といったほうがよい。

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峠の手前にあるマローヤの街に入り、バス停で休憩。右に見えている青い看板がこの地方、エンガディンを走るバスのもの。向かいの建物は郵便局である。雨がしとしと降り続く。静か。

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難なく峠に到着。建物の建設現場の横で、峠の風情などあったものじゃない。

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反対方向からの眺め。峠というか、街のはずれといった感じ。視界はご覧の通りの悪さ。左に見えている観光案内所の軒下で防寒着を着込み、下りに入ることに。

マローヤの下りはつづら折り。こちら側から登るのはキツイだろうな。僕はといえば、イタリアに向かってひたすら下るだけ。楽チン。今までの苦労が報われる思いだ。路面は雨で滑りやすいので30km/hくらいに抑えて慎重に走る。おかげでブレーキシューがどんどん減っていった。

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途中、いくつか村を通過する。

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この地方の村は静かな佇まいを見せる。同じスイスでも、他の地域とは明らかに違う。

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国境の村、カスタセーニャが見えてきた。白い壁に石葺きの屋根。なんとも、つつましやかな、いい雰囲気の集落だ。

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そのまま国境まで一気に行ってしまうのもつまらないので、路地に入ってみた。村の中の細い道は曲がりながら下っていく。

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石葺きの屋根から伸びる煙突。先端の形状がおもしろい。

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おおっと、工事中。通れるか?だいぶ下ってきちゃったから、ここまで来て引き返すのはやだな。自転車を押して道の左側をなんとか通ることができた。

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遂にスイスの一番端っこまで来た。これが国境だ。手前がスイス側で、奥に見えているのがイタリア側のゲート。
さらばスイス。
 
 
> スイスの峠(1)ヌフェンネン峠

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2006年11月17日 (金)

鉄の調理器具

Img_36132s6_1 今までテフロン加工のフライパンを使っていた。表面が劣化してしまったので、買い換えることにした。どうもテフロンは寿命が短くていかん。僕の使い方が悪いのかもしれないけど。だから今度は、前から気になっていた鉄の中華鍋を買ってみようと思った。
 どうせならちゃんとしたのが欲しくて、探してみたらネット上の通販でいいのを見つけることができた。なんでも鉄を打ち出して作った鍋だという。密かに全国47都道府県に多数存在するであろう、「打ち出し」とか「削り出し」とかいう言葉に弱いオトコどもの中の一人としては、その能書きを見て参らないでいられるはずはない。

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こういう言葉、そしてこういう刻印に弱い

 先日、その中華鍋が届いた。そして風邪からほぼ立ち直った今日、油慣らしも兼ねて肉野菜炒めを作ってみることに。

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片手の北京鍋、である

 キャベツを炒めてる時の香りが違うことにびっくり。いつもと同じ油を使っているのに、実に香ばしいのだ。学生の頃よく通った中華料理屋を思い出し、自分がまるでそこの店長にでもなったかのような気分になる。

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 出来上がった肉野菜炒めは、香ばしく、野菜の甘みがあって、くたっとしてなくて、これがウマイのだ。調理器具でこうも違うものなのか。
 う~む、料理はウデより道具だな、こりゃ。ウデが良ければもっとうまいものが作れるのはたしかだが。
 料理の後は付属のササラを使って軽く水洗い。中華料理屋のおっちゃんが使ってたのを思い出しながら。最後に鍋に油を塗って終了。この鍋でいろんな料理、作ってみたくなった。

 やっぱ鉄だよ、鉄。アルミやカーボンじゃこうはいかないね。ってそりゃ、自転車の話……だが、鉄の魅力、料理においても再発見である。

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2006年11月16日 (木)

カローラの存在意義

 先月フルモデルチェンジを果たして10代目となったトヨタ・カローラ。販売台数No.1を維持しようと、メーカーや販売店は必死なようだ。(「日経スペシャルガイアの夜明け」を見て。)
 カローラのイメージ、堅実、平凡、新鮮味がない、そして無難。
 トヨタは10代目カローラに新機構(インテリジェントパーキングアシストやワンタッチ格納リアシート(フィールダーに搭載))を搭載して他車との差別化を図った。CMにはキムタクを起用してイメージと注目度をアップさせる戦略に出た。
 が、やっぱりカローラはカローラ。スタイリングに新しさはないし、新機構も別段驚いたり感心させられたりするほどのものでもない。依然として、クルマにこだわりのない人や、キムタクが宣伝してるからという理由で興味を持つような人が購入するクルマと言わざるをえない。(CMにキムタクを採用するあたり、実に“無難”だ。)
 誕生から40年の歴史を持つクルマのイメージを大きく転換することは難しい。もしそれをやってのけたとしても、カローラがカローラでなくなってしまうだろう。僕はカローラはカローラのままでいいと思う。現に「カローラがいい」、「カローラでいい」と言って買う人がたくさんいるわけだ。いずれそういう人達が少なくなって、カローラが売れなくなってもトヨタが潰れてしまうこともないだろうし。
 だから、カローラは偉大なる平凡なクルマでありつづけてほしい。皮肉を込めて言うが、カローラが存在するからこそ、それ以外のクルマが引き立つのだから。

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2006年11月14日 (火)

はなみずとまらず

 風邪をひいてしまった。夜更かしと気の緩みが原因のような気がする。だらりんとしてしまったところを風邪のウイルスに攻め込まれた感じだ。
 風邪をひくとだいたいいつも、鼻水が止まらなくなる。油断してるとツーッと。ティッシュが大量に消費されていく。
 早く健康に戻りたい。健康第一である。

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2006年11月13日 (月)

スイスの峠(7)アルブラ峠

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自転車で越えるスイスの峠 (7)アルブラ峠
Albulapass : 2315m

 
 
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9月24日(日) はれ
ティーフェンカステル~ラ・プント
Tiefencastel - La Punt

 いよいよ旅後半のハイライト、カテゴリー超級のアルブラ峠に挑む。日本を発つ前に、今年のツール・ド・スイス第6ステージのTV中継を2度見てコースの予習はしてきた。実際はどんな登りなんだろうか。解説の市川雅敏さんをして、スイスで一番好きな峠と言わしめるアルブラ峠だ。市川さんの話によれば、頂上にはお土産屋さんがあって、自転車のフレームに付けるバッジを売ってるらしい。どんな物なんだろう。絶対手に入れるぞ。そう、そのために僕はアルブラに来ることにしたのだから。

 宿泊地のディセンティスから氷河急行沿いの道路を緩やかに下って、イランツに到着。ここから山岳の走行を避けるために電車に乗る。途中の駅で一度乗り換え、ティーフェンカステルで下車する。

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ティーフェンカステルに到着。

駅前で軽い昼食を取る。
出発準備中、スイス人サイクリストに話し掛けられる。「どこから来た?どこへ行く?今日が初日か?」などの質問に片言の英語で答える。そして「Good luck,bye!」に「Good-bye!」と答えて別れた。

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ティーフェンカステルの街外れ。ユリアパスとの分岐のロータリーが見えてきた。

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これがそのロータリー。そういえばこの真ん中にあるオブジェ、テレビで見たような気がする。

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こっちの道を行くとユリア峠を通ってサンモリッツへ。

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僕はアルブラ峠を目指す。さあ、いよいよアルブラへの道に入るぞ。

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序盤はのどかな田舎の平坦な道を走る。

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氷河急行の踏み切り。ここもテレビで見たような気がする。

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四つの言語で「オープン」と書いてある。よし、あとは自分の脚を信じて登るだけだ。

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ぷふっ、なんだこれ!ツールで見かけるような干草のオブジェ(?)。楽しい。

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フィリズールの村が見えてきた。

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本格的な登りはまだ先だろうと思っていたら、いつの間にかその峠道に入っていた。道は右のV字になっている所へと続いている。

ところで市川さんが言っていた、峠のスタート地点はどこだったんだろうか。市川さんの話だと、登り口付近にある集落にタイムカードみたいなのをガチャンとやる機械を置いてあるところがあって、峠を上りきったところでまたガチャンとやると、登りにかかった時間が記録されて、インターネット上でランキングを見ることができるそうである。

実は帰国してからもう一度第6ステージの中継を見たのだが、そのスタート地点というのは先ほどのフィリズールの集落の中にあるようだった。スイスに行く前にもっとちゃんと記憶しておくべきだった。

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ゲロルシュタイナーのジャージでキメたサイクリスト達に抜かれる。もしや本物のゲロルシュタイナーの選手?なんて思ってしまうのも、ここがヨーロッパだから。

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ダンガイゼッペキ。テレビ中継の中で、安いタイヤを使ってる奴の後ろについては下りたくはない、なぜなら自分の前でそいつが転んで自分が巻き添えをくって谷底に落ちたくないからだ、っていう話が出たあの絶壁ポイントである。確かに、落っこちたら確実に命はない。

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上から谷底を覗くとこんなである。でもテレビで見た印象と少し違う。小ぢんまりしてるというか。テレビではヘリコプターからの映像だったからな。とはいえ、確かに絶壁。少し離れたところで子供や大人が石を拾ってきて落として遊んでた。オイオイ…。落とされた石は砕けながらスローモーションのように長い時間をかけて谷底まで落ちていった。やっぱりすごい落差なのだ。

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このコンクリートガードを越えてしまったら、命の保障は一切できない。左に写っているのが自転車のハンドルだから、じゅうぶんな高さはあるのだが。

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ベルギュンの村に入る。ここも名前が二つあるようだ。Bergunがドイツ語で、Bravuognというのがロマンシュ語なのだろうか。(ロマンシュ語はスイス第4の言語。使っているのは全人口の1%にも満たないという。アルブラ峠のあるこの辺りはロマンシュ語圏である。)

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ベルギュンの村の中。ここの湧き水をボトルに入れる。補給できてよかったぁ。なくなりかけてたから。スイスでは、だいたいどこへ行ってもこのような水が湧いていて助かる。旅の間だいぶ飲んだが、別段お腹に異常はなかった。

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ベルギュンの街並み。今まで通ってきた所とはまた少し違うけど、ここもまたいい雰囲気。

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おおっと、石畳の登りです。

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ベルギュンを出て、また峠道を登る。なんだろう、貯水池かな?すごくきれい。

日差しは強く、登っていると暑い。走りながらボトルの水を頭からかける。

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道端で一休み。市川さんベストの峠って言ってたけど、今の僕には他と変わらずただツライ(笑)。
道路の一段上に見えているのは氷河急行の線路。

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ここでまた休憩。写真だけだと休憩しかしてないみたいだな。左の写真、見えているトンネルは氷河急行のもの。その線路は右の写真の場所に来て今度は道路の上を渡る。

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この休憩ポイントではこの四角い所から水がボコボコボコボコ大量に湧いてた。

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手を入れてみた。冷たーい。

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再び走り出して、今度はテレビ中継で見た鉄道橋が見えてきた。

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すごいなあ。中世を思わせる石垣。自転車を道端に置いて、しばし撮影。

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峠の方から自転車ツーリストが下りてきた。お互い、頭をコクンッとやって挨拶。

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やっとこの峠の良さがわかってきた。道の雰囲気も市川さんの言うとおりあまり広くなく、田舎っぽくていい。
道路に沿うように氷河急行の線路。そしてその先の橋の上を通るのもまた、氷河急行。一体どうなってるのだ?かなり複雑な登り方をしてるらしい。

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今度は走りながら撮影!

それにしても長い登りだ。連日のツーリングでさすがに疲労は溜まっている。頭も少し痛い。

この峠道、クルマとバイクはそれなりに走っている。急ぐ人は隣のユリア峠を行くって市川さんは言ってたけど、今日は日曜日。レジャーで峠に登りに来てる人達が結構いるようだ。

クルマの後部座席に乗った子供たちが追い抜きざまに僕に向かって「Up!Up!Up!Up!」って声をかけてくれた。突然の応援団の登場にちょっとびっくり。手を振りながら「Oh! Thank you!」って答えた。うれしかった。一人で走ってると気が滅入ることもあるから。元気が出た。

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標高1,500mを超えて、景色が開けてきた。

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峠はまだか。あと500、300…ポラールの高度計を見ながらペダルを回す。苦しい。峠ではお土産が待っている。がんばろう。

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荒涼としてきた。
ダンシングしてみる。でもすぐに疲れる。脚には疲労が蓄積している。脚の筋肉がゴムのようになるっていうのはこんな感じのことか?
ところで、お土産売ってなかったらどうしよう。

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やばい、今日は日曜日。スーパーやお店は閉まってたけど、まさか峠のお土産屋さんまで?もし閉まってたらヘコム。そんなことを考えながら気を紛らす。
最後の一がんばり。まだ使っていない筋肉を使うように試みながらペダリング。でもすぐ終わってしまう。

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見えた!あれが峠の頂上、お土産屋さんに違いない!
着いたらまずはお土産の確認だ。写真は後だ。

最後の力を振り絞り、よろよろと遂に到着!
よかった、お店やってるみたい。
自転車を置いて、なにはともあれまずはお店に。

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あったー!ほんとにあったよー!しかもこんなにいっぱい。

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んで、これがその、市川さんが言ってた自転車に付けるバッジ。奥にはワッペンもある。

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えーとえーと、ど、どれにしよう。興奮ぎみ。そしてしばし悩む。んー、よしッこれとこれにしよう。

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うわっ、ペナントが売ってるよ!「売ってたら買ってきます」なんて旅行前に冗談で言ってたから、これ見たときは笑いそうになってしまった。で、買いたかったんだけど、ちょっと高かったので買いませんでした。ゴメンナサイ。

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さ、目的を達したところでホッと一息。外の様子でも写真に撮りましょう。KIOSKと書いてあるのがお土産屋さん。

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登ってきた方向から。来ちゃったよ、本当にアルブラ峠に。

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寒くなってきたので、レストランに入ってみることに。暖かいものが飲みたくなった。

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わかるのは「Zuppa」がイタリア語でスープのことだということ。「Zuppa di gulasch」というのを頼んでみた。

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出てきたのはこんなスープ。パンが付いてきた。

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中に牛肉とポテトが入っていた。あったかくっておいし~。アルブラ峠サイコー。

お腹も気分も満たされたところで、名残惜しいけれども下山することに。

アルブラの下り始めはほぼまっすぐな道。ただし勾配が緩いので、スピードは思ったほど出ない。漕ぐ力が残ってなかったので、40km/h位しか出なかった。しかし下るにつれてだんだん勾配がついてくる。60km/hを超えるスピードが出る。危うくコーナーで曲がりきれずに斜面へと落ちそうになった。この時ばかりは肝が冷えた。どうも疲れで判断力が鈍っているらしい。こんな旅先で大怪我をしたらたいへんなので、安全運転へと心を切り替える。

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麓の街、ラ・プントが見えてきた。第6ステージのゴールとなった街だ。ここから街まではつづら折りが少しある。

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下りきってラ・プントに到着。街のはずれを流れる緑白色のイン川。

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僕が下ってきた道。正面に見えるホテルに泊まることにした。少し値段が高かったのだけれど、他に安い所が見つからなかったし、となりの街まで移動する体力も気力もなかった。

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ホテル・アルブラ。悪くない名前だ。ツール・ド・スイスのゴールが設定された街に泊まるというのも悪くはない。

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さてさて、これが今日の戦利品である。コレニテ今旅ノ目的ハ達セラレタリ。このバッジ、どこに付けよっかな。
 
 
> スイスの峠(8)マローヤ峠

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2006年11月 9日 (木)

本当に豊かな暮らしとは…

 NHK「その時歴史が動いた」今回の“その時”は、柳田国男の「遠野物語」出版。放送を観ていて、本当の豊かな暮らしについて考えてしまった。
 宮崎県椎葉村で今も行われている焼き畑やしし狩り(いのしし狩り)、これには感銘を受けた。焼き畑は山の斜面を焼いて、その灰を肥料にしながら作物を作る。蕎麦や粟など毎年違う作物を作り、その場所で4年農作をしたら手を入れるのをやめてその土地を山に返す。そうすることによって、決して農作業に適しているとはいえない土地でも長い年月にわたって人々は暮らしてきた。またしし狩りは、狩りをする場所を限定し、それ以外の場所では決して狩りをしないのだという。そして、余分にいのししを狩ることもしない。
 日本人が連綿と受け継いできた生活の知恵。民話や伝承とともに。
 柳田国男はその存在を近代化の進む明治の世に紹介すべく、「遠野物語」を出版した。

 今や生活はどんどん便利になり、誰もが簡単に、何でも手に入れることができ、何でも口にすることができるようになった。それに伴って、失われてしまったものも非常に多い。例えば、その土地その土地に受け継がれてきた暮らし方。ゲストの立松和平さんが言った、今ではどこへ行っても同じ景色だ、っていう言葉が僕には重く響いた。
 日本は豊かになったってよく言うけど、そうだろうかって思う。便利になったし、飢えに苦しむこともないのは確かだが、それが本当の豊かさなのだろうか。僕は度々、昔の方が豊かだったのではと思ったりする。豊かさの探求といったら大袈裟だが、それが最近の僕の密かなテーマである。
「遠野物語」は今また、読まれるべき時なのかもしれない。

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2006年11月 7日 (火)

スイスの峠(6)オーバーアルプ峠

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自転車で越えるスイスの峠 (6)オーバーアルプ峠
Oberalppass : 2046m

 
 
Pass6oberalp_1
 
 
9月23日(土) はれ
アンデルマット~ディセンティス/ミュステル
Andermatt - Desentis/Muster

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アンデルマットから登り始めてすぐ。つづら折りの道を登って、峠は右の奥だ。

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黄色い線の右側が自転車走行レーン。こんな峠道にも自転車レーンがあるのはさすがヨーロッパ。といいたいところだったが、すぐになくなってしまった。

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「MARKUS ZBERG」(マーカス・ツベルク)のペイント発見!ツベルクはスイス人の自転車ロードレーサー。ツール・ド・スイス第6ステージの時のものか?それにしてはきれいに残っているが。

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登ってきた方を見下ろす。道路の向こう側を走っている(架線柱が規則的に立っている)のが氷河急行の線路。
その向こう、谷になっている部分にはアンデルマットからホスペンタールへと続く街道が走っている。おそらくその向こうの霞んでる山のさらに向こうがフルカ峠だろう。今年のツール・ド・スイス第6ステージでは、フルカを越えてきた選手たちがこの谷あいを通ってきて、そしてこのオーバーアルプを越えていったのだな。

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峠から流れてくる川と氷河急行の線路。このあたりに来るとつづら折りも終わって、東へと緩やかにカーブを描きながら進んでいく。川の水はきれいなグリーン。他と違って白く濁っていない。氷河急行の線路はこの峠道とほぼ平行して走っている。

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ラックレールを噛みながら電車が登ってきた。これは普通列車。

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アンデルマット駅からこの電車に乗ることも考えたけれど、あの時点で出発まで1時間待ちだったから乗らなかった。でもここで追い越されちゃった。

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もう少し上まで行くとほぼ峠の一番上で、そこには湖があって、湖畔を線路が走っている。氷河急行が峠の方からやってきた。フェンスも何もないので近寄り放題。とはいえ、危ないし迷惑になるのでほどほどにしましょう。なお、この辺はほとんど平地なのでラックレールは敷かれていない。

オーバーアルプでは列車がちょうどラックレールを噛み始める場面にも遭遇できた。列車は手前で減速。ゆっくりと進み、ガリガリガリッと大きな音を立てながら噛んでいったのだった。(一度噛んでしまえばそのあとは音はしない。)

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登っちゃいました、オーバーアルプ。しかしこの牛はなんだ?なぜかソリの上に乗っているのです。

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登ってきた方角を振り返るとこんな感じ。レストラン、お土産屋さん、少し離れた所には氷河急行の駅などがあるが、どこにも寄らず、すぐに下ることにした。

オーバーアルプの東側はつづら折りで一気に標高およそ400mを下り、そこから谷あいをずっと40kmくらい先まで緩やかに下っていっている。

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途中の街、ディセンティス/ミュステル。今日はここで泊まろうか。写真は氷河急行の駅。
この街は南のルコマーニョ峠からの道が合流する場所でもある。それにしても変な名前の街だ。地図や駅には「Desentis/Muster」と書いてあるのだが、名前が二つあるということなのだろうか。「福岡/博多」みたいな?違うか。

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引込み線に普通列車が休んでいた。

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街に入ってすぐの所にあった三ツ星ホテル。他に手頃なホテルを一通り探したけど、なくて結局ここに戻ってきた。今晩の宿はここにしよう。

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ホテルの部屋から。すぐ前の道がオーバーアルプから下ってきた道。

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今日はいっぱい走ったな。こうしてディセンティスでの夜は更けていく。
 
 
> スイスの峠(7)アルブラ峠

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2006年11月 5日 (日)

二千円札

Img_05402s6 沖縄の若者が二千円札普及のために「両替行脚」をしているとのニュース。折りしも僕も久しぶりに二千円札を手にしたところだ。
「自販機で使えない」、「2という単位が日本人には馴染まない」などと目の敵のように言われる二千円札だが、僕はべつに悪い感情は持っていない。数年ぶりのご対面だったのでまじまじと見てしまったが、綺麗なお札じゃないの。日本のお札はみんな綺麗でそれは世界一だと思うけど、その中でも二千円が一番綺麗なんじゃないかな。
 なんてちょっと褒めすぎたかも。単にレアものだからかな、なんて思ったり…。

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2006年11月 1日 (水)

スイスの峠(おまけ編)

Img_27382s6自転車で越えるスイスの峠 (おまけ編)
ヴァッセン~アンデルマット
(サンゴッタルド峠街道)

 
 
Pass55andermatt_1
 
 
9月23日(土) はれ
ヴァッセン~アンデルマット
Wassen - Andermatt

 
長いスーステン峠を越えてヴァッセンまで下りてきた僕。スイス東部へ向かうために、まずはアンデルマットまで南下する。距離にして10km程度だから、まあ30分もあれば着くだろう、と簡単に考えていたのだが…。

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ヴァッセンの街はすぐに抜け、道は登り始める。まいったな、こりゃ。

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川を挟んで右側を電車が走っていく。いかにもスイスな光景、でよろしいのだがこっちは登りに苦しめられつつある。

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前方斜め上方向、赤い列車が見えている。ちょっと待ってくださいよ、その手前になんか、クルマが走ってるように見えるんですけど。あの勾配はなんなんですかっ!あれを登るの?登れるのか?

勾配がキツイ。それにクルマが多くて走りづらいし、排ガス臭い。この名もなき峠が一番の難所となるとは。しかし、この俺に登れぬ峠などない!(そう、フルカもスーステンも登ってきたのだ。)

先ほど見えていた急勾配も、来てみれば登れぬことはない登りだった。そのまま左にカーブしながら登っていく。

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ぐるりとまわってさっきとは逆の方角に向いて登っていく。鉄道と道路との勾配差がこんなに!鉄道の下りの勾配がきついのか、道路の登りの勾配がきついのか。――もちろん、その両方である。(このあたりでは、列車はラックレールを噛みながらゆっくりと登り下りしている。)

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道路に待避所があった。ここで休憩しよう。見上げれば、道路が幾重にも。

休憩中、一台のクルマがそばに停まって、中からドライバーの若い男の人が降りてきて話しかけてきた。「どこまで行くんだい?」「えーっと、アンデルマットまで。」「アンデルマットか。俺たちもこれから行くところだ。この道はMTBで走ったことがあるよ。今はベイビーがいるから無理だけどね。」クルマの方を見ると中に奥さんと赤ちゃんが乗ってる。「登りはもう少しだからがんばりな。よい旅を。」「ありがとう。」そんな感じの会話をして別れた。英語だった。相手の言ってることはなんとなくわかるが、こちらから言葉が出ないのがもどかしい。疲れて朦朧としているせいもある。街の名前もすんなり出てこない。出てくるのは峠の名前だけ…(笑)。

僕が先に出発して登っているときに、さっきのパパさんの車が追い抜いていった。追い抜くとき、パパさんと隣の奥さんが手を振ってくれた。僕も手を振り返す。元気が出た。自転車で旅をしていると、こういうことがとてつもなく嬉しい。

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ほぼ登りきったところに短いトンネル。トンネルを出たらこんなことになっていた。下に遊歩道。奥に見える橋は電車の線路。すげえ。日本で言う、碓氷峠の煉瓦橋みたいなもんだな。(あちらは廃線になってしまったけど。)列車が通ってくれれば、すごく画になるんだがなあ。

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僕が通ってきたトンネルの出口。後でわかったことだが、僕が立っている場所は「悪魔の橋」、その上だったのだ。ガイドブックに写真が載っていたのは知っていたが、それは遊歩道から見上げる形で撮られていた。だから自分が今いるこの場所がその悪魔の橋だとは気付かなかったのだ。

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再び走り出したら、列車が来た。例の鉄道橋を渡ってトンネルに入っていく。なんだ、こんなに本数多いなら、悪魔の橋の上で列車が来るの待ってればよかった。シャッターチャンスを逃してしまったよ。

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さらに進むと、線路のすぐ脇まで来た。さっきのトンネルの方を見る。ラックレールがしっかりと敷設されている。こんなところに列車を走らせちゃうんだからスイス人、すごいよねえ。

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ふぅ。やっと穏やかな景色になった。アンデルマットに入る。自転車と歩行者は右の側道へ。

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アンデルマット駅に到着。30分と見込んでいたのが70分かかってしまった。よくよく地図を見れば、アンデルマットとヴァッセンの標高差は500m。30分で着くわけないわな。地図をよく確認しなかったことを反省。
 
 
> スイスの峠(6)オーバーアルプ峠

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