« はなみずとまらず | トップページ | 鉄の調理器具 »

2006年11月16日 (木)

カローラの存在意義

 先月フルモデルチェンジを果たして10代目となったトヨタ・カローラ。販売台数No.1を維持しようと、メーカーや販売店は必死なようだ。(「日経スペシャルガイアの夜明け」を見て。)
 カローラのイメージ、堅実、平凡、新鮮味がない、そして無難。
 トヨタは10代目カローラに新機構(インテリジェントパーキングアシストやワンタッチ格納リアシート(フィールダーに搭載))を搭載して他車との差別化を図った。CMにはキムタクを起用してイメージと注目度をアップさせる戦略に出た。
 が、やっぱりカローラはカローラ。スタイリングに新しさはないし、新機構も別段驚いたり感心させられたりするほどのものでもない。依然として、クルマにこだわりのない人や、キムタクが宣伝してるからという理由で興味を持つような人が購入するクルマと言わざるをえない。(CMにキムタクを採用するあたり、実に“無難”だ。)
 誕生から40年の歴史を持つクルマのイメージを大きく転換することは難しい。もしそれをやってのけたとしても、カローラがカローラでなくなってしまうだろう。僕はカローラはカローラのままでいいと思う。現に「カローラがいい」、「カローラでいい」と言って買う人がたくさんいるわけだ。いずれそういう人達が少なくなって、カローラが売れなくなってもトヨタが潰れてしまうこともないだろうし。
 だから、カローラは偉大なる平凡なクルマでありつづけてほしい。皮肉を込めて言うが、カローラが存在するからこそ、それ以外のクルマが引き立つのだから。

|

« はなみずとまらず | トップページ | 鉄の調理器具 »

クルマ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: カローラの存在意義:

« はなみずとまらず | トップページ | 鉄の調理器具 »